噛み合わせ治療


噛み合わせ治療とエビデンス(医学的根拠)


私達人間の歯や周囲組織に起こるトラブルの原因は虫歯・歯周病・力・医原性の4つが挙げられます。
う蝕や歯周病に関してはエビデンス(医学的根拠)も多く存在し、私達臨床家もそのエビデンスに基づきそれぞれのリスク分析を行い、適切に治療する事で一定の良好な結果を得る事ができるようになりました。

しかし力に関してはエビデンスは少ないという理由で軽視され、経験的で偏った考えであるという認識を持っている歯科医療人もいらっしゃるように感じます。

その反面、力の診断やコントロールの勉強会に赴くと必ずと言って良いほどインプラントや審美歯科等の他のテーマの勉強会よりも年配の勉強熱心な先生が比較的多く参加されています。

臨床を長く経験すればするほど力によって起こる様々な問題に悩まされている先生が多いという事の現れだと考えられます。

力の分野はエビデンスが少なく(多因子に影響されるためエビデンスを得るのが難しく)、教科書や大学教育で多くを学ぶことができず、避けて通ろうとされ、力から起こる多種多様なトラブルは致し方ないとされます。力の分野はう蝕や歯周病と比べて可視化や数値化する事が大変困難であるがゆえにエビデンスになりくい分野であり、力によって起こる問題は歯ぎしりや噛み合わせなど多因子によるためデータ化しにくいのです。

向き合わなければいけない問題であるにも関わらず、エビデンスがはっきりしないがために歯科医師サイドの経験が大切な分野となっており、治療を行える歯科医師が多くない分野となっています。

つまり、力、すなわち噛み合わせの分野は発展途上であり、今はエビデンスに起こす過程の段階・時代であるという事です。

よって私達が力に関して経験的・感覚的に強く認識している事を収集し、シェアし、実践しエビデンスに持ち上げる必要がある分野となります。

エビデンスが少ないとは言え、時代の変化と共にかなり色々な事が少しづつではありますがわかってきており、本当に嚙み合わせ治療を必要としている方々に慎重になりながらも治療を提供していく必要があるケースが臨床では多いという事です。

エビデンスが無いから噛み合わせは適当で良いと言うわけにはいきません。被せ物をする以上、根拠を証明しきれていないとしても、過去の優秀な臨床家の知見に基づき治療をしていかなければ様々な問題が起こりかねないと言うのが私の実感です。

では、噛み合わせの不調和はどのような影響を及ぼすのでしょうか?

噛み合わせの影響


噛む力は自分の体重と同じ位の力とされており、噛む回数は1日2000回から3000回とされています。
噛む力はかなり大きいため、歯に大きな負担があるだけでなく、咬合に異常があると様々な影響が出てしまいます。一般的に噛み合わせが悪い事により以下のような問題が起こるとされております。

・よく噛む事ができない
・力のかかり過ぎによる知覚過敏
・歯ぎしりの助長
・顎の関節の痛み(顎関節症)
・口を開ける際に顎から音がする
・閉塞性睡眠時無呼吸症候群の助長

では、これらのトラブルが起こりにくい噛み合わせとは現在どのような噛み合わせだと考えられているのでしょうか?

噛み合わせの評価


1、中心位と咬頭篏合位が生理的に安定している

関節が最も安定する位置を中心位と呼び、この付近に関節の頭の部分が位置していると関節やそれを司る筋肉群が生理的に安定した状態を保ち得るとされています。

それに対して、私達の歯が最大の接触面積で噛み合う下顎の位置を咬頭篏合位と呼びます。

中心位と咬頭嵌合位にさほどズレが無く、生理的に許容されている状態であれば被せ物やインプラント等の治療を行う際に今現在の噛み合わせに合わせて被せ物を作って治療する事が多いのですが、下顎の位置のズレによる問題が生じていたり、奥歯の広範囲に渡る被せ直しを行うような場合は、今現在の噛み合わせに合わせて被せ物をしていくのではなく、様々なトラブルが起こりにくいと考えられている中心位を治療の指標とする必要があります。つまり今の患者さんが1番歯が接触している一度は違う顎の位置で噛み合わせを再構成していきます。これをフルマウスリコンストラクションなどと呼びます。

2、咬合の基本要素が確立している

人間の歯には前歯と奥歯(臼歯)にそれぞれの働きがあります。噛む際に主な力を発揮するのは奥歯(臼歯)ですが、噛む際に必要な力の度合いをモニタリングして大脳皮質に送っているのは前歯群であると言われ、重要な役割を担っています。咬合の基本要素は以下の2つの項目から審査されます。

奥歯(臼歯)の適正な咬合高径でのバーティカルストップの確立

咬合高径とは

バーティカルストップとは

かみ合わせた時に奥歯が噛み合うことによりそれ以上深く噛み込む事ができないようにするためのストッパーのことを言います。歯周病で歯並びが崩壊したり、歯を抜歯により失ったままにしておくとストッパー(バーティカルストップ)がなくなり咬み合わせが低位となり、上の前歯が下の前歯に突き上げられることで出っ歯になってしまいます。

前歯のアンテリアガイダンスが確立

アンテリアガイダンスとは前歯6本が歯ぎしりの運動や、前方の滑走運動をした際に奥歯に負担がかからないように顎の動き方を制限する機能のことを言います。
歯ぎしりのような側方運動をした際は犬歯のみ接触し奥歯は離解し接触しなくなり、下顎を前に出すような前方滑走運動をすると前歯4本のみが接触し奥歯が接触しなくなります。

非常に大切な機能でこれが失われていると奥歯に多大な力がかかるため、奥歯に様々なトラブルを引き起こします。歯列を長く健康な状態に保ちたいのであれば必要不可欠な機能とされており、咬合をあまり学んでいない先生でもアンテリアガイダンスが確立されているかに関しては重要視しています。

アンテリアガイダンスの有無と筋活性化について

顎の動きを司っている筋肉が過度の緊張でも低度の緊張でもない状態を安静状態と呼びます。治療された噛み合わせ(咬合位)において、これらの筋の平衡を阻害してはならないとされています。

前述したアンテリアガイダンスがしっかりと確立されていると奥歯が離解する事によって筋の過度の活性が抑えられるため、過度な力がかかりにくくなり、様々な論文で合理性が認められています。

アンテリアガイダンスが得られていない場合、アンテリアガイダンスを矯正治療や被せ物治療を行い構築してあげる事で歯ぎしりによる影響を最小限に抑える事が可能だという事です。

早期接触と咬頭干渉が存在しない

早期接触とは噛とうとした際に安定したかみ合わせの位置に落ち着く前に一部の歯が接触しそこから安定したかみ合わせに誘導されるような状態のことを言い、咬頭干渉とは食事など正常な顎の運動をしようとした際にその運動を妨げるような歯の接触が存在する状態を言います。

早期接触や咬頭干渉を引き起こしている歯は外傷的な力を受けたり、顎関節や顎を動かす筋肉に様々な異常を引き起こすとされています。

ここまで理想的な噛み合わせについて述べてきましたが、では噛み合わせが悪いとどのような悪影響を及ぼすのでしょうか?

咬み合わせが悪いことで引き起こされるバイオメカニカルストレスによる影響


歯への過度な力によるストレス

歯の摩耗・・咀嚼や会話・嚥下などの生理的機能時の最大咬合力は約12kg、歯ぎしりや食いしばりなどの非生理的機能時の最大の咬合力は約75kgとその差は非常に大きいとされています。

生理的で安定したかみ合わせの人で歯ぎしりや食いしばりのない患者さんは高齢になっても殆ど摩耗は見られません。つまり、水平的で平坦な摩耗面(削れた面)を持つ歯は何らかの異常なメカニカルストレスの影響を受けたと考えられます。

知覚過敏・・かみ合わせによって過度に加わった力の応力が集中する付近の神経は炎症を起こします。足の捻挫による炎症が外傷であり細菌感染ではないように、力によって炎症反応が起こり、知覚過敏が引き起こされます。

くさび状欠損(アブフラクション)・・歯のつけねの歯質がくさび状に欠損するアブフラクションは、メカニカルバイオストレスの影響によると言われています。このような欠損は硬い歯ブラシの横磨きだけでできる状況ではありません。応力により歯質の欠損に至るまでの過程はいまだに確定的ではありませんが、諸説で共通しているのは過度な力が歯頚部歯質の破壊のメカニズムに何らかの関与をしているということです。

歯の破折

歯の破折の原因は、怪我などの外因性の力によるもの、歯軋りや食いしばりなどの内因性の力によるもの、抜髄歯の歯質の劣化などが考えられます。歯の破折が多数歯に見られる場合は特に注意です。

歯の位置移動

歯周病の進行とととに歯の支持骨が破壊されてくると、歯の軸方向と異なる噛み合わせの力に耐えられず傾斜してしまいます。

歯周組織への影響

歯周病は歯茎の炎症が継続する事で支えとなっている歯槽骨が吸収してしまう病気です。それを破壊的に加速させてしまうのが過度な力であり、他の部位よりも激しく歯周病が進行する原因となります。

筋肉への影響

顎を動かす筋肉には適応能力があり噛み合わせが悪くても一定の範囲であれば順応します。

しかしその耐久にも限界があり、順応が適応能力を超えた場合、顎の運動時の痛みなどの症状を引き起こします。

顎関節への影響

近年、顎関節はさまざまな侵襲により形態的、構造的に変化することが解明されてきております。

その変化の原因が噛み合せに関与しているという論文も多数認められるようになってきました。

広い範囲に及ぶ噛み合わせ治療において、現在の顎の状態を把握して顎関節症と噛み合わせの関与の有無を判断する必要があります。

複雑な咬合補綴治療の流れ


審査診断の結果、大幅なかみ合わせの再構成(フルマウスリコンストラクション)が必要な場合はどのように治療を行った行くのかを解説いたします。

1、中心位での咬合採得

前述した中心位での咬み合わせを決定する際に必要なのはデプログラミングと呼ばれる、脳が咬頭嵌合位(上の歯と下の歯が最大の面積で接触する位置)へ自然と顎を誘導するようにインプットされている状態を開放する必要があります。このプログラミングされていまっている状態を開放するためには外側翼突筋と呼ばれる顎を動かす筋肉が緊張してしまっている状態を取り除く必要があり、その方法には様々な方法が存在します。
中心位へ誘導するために再現性が高いと言われている方法にリーフゲージと呼ばれる前歯でプラスチックの板を咬んだ状態で顎を7分程度前後に動かす運動を繰り返す方法が有名であり当院でもその方法を採用しております。

リーフゲージ

2、治療目標と最終ゴールをイメージしたワックスアップ

中心位が決定したら、歯の模型を咬合器と呼ばれる顎の動きを再現できる装置に装着し診断用ワックスアップを行っていきます。診断用ワックスアップとはロウソクのロウのような材料を使用して、将来回復すべき歯の形態をワックスにてシュミレーションすることです。

治療指標として決定した顎の位置関係を確立するために実際にどの歯のどこを盛り足すか、どこを削るのかをなどを試行錯誤しながらワックスアップを行うことによって、咬み合わせの再構築に必要な情報と構造を具体化します。

ワックスアップにて最終形態を具現化

3、プロビショナルレストレーション

目標とする咬み合わせを決定したらいきなり最終的な被せ物を行うのではなく、その咬み合わせで問題が起こらないかどうかを確認するために、足したり削ったりできる強度のある樹脂製の歯を入れることにより、何らかのトラブルが起きないかどうかを確認していきます。

このプロビショナルレストレーションは自由に調整することが可能なため、理想的な形態へと修正を行っていき、最終的なかみ合わせ、被せ物の形態等を決定していきます。

4,クロスマウントプロジャー

クロスマウントプロジャーとは、長期間使用したプロビショナルレストレーションで得られた患者さん固有の審美・機能・習癖の情報を咬み合わせを再現する装置にそのまま移行させ最終補綴治療に再現させることを言います。

半調節性咬合器。通常の咬合器と違い患者さん固有の顎の動きを再現する事が可能

5、最終的な被せ物の製作(最終補綴物)

プロビショナルレストレーションで決定した形態やかみ合わせを参考にし最終的な被せ物を製作していきます。

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